東京みやぎ石巻圏人会「第7回交流会」報告
開催概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日 程 | 2024年10月26日(土) |
| 会 場 | サンシャインクルーズ・クルーズ(東京・池袋サンシャイン60 58階) |
| 参加者 | 60名 |
| 講演 | 「三淵嘉子さんと私と石巻」 〜朝ドラ「虎に翼」に寄せて〜 奥 山 興 悦 氏 ……………………元東京高裁部総括判事 |
| 演奏 | 瀧廉太郎=鈴木奈美:荒城の月 ショパン:バラード第3番 変イ長調 作品47 ハーライン:星に願いを 田 代 雅 美 氏 …………………………………ピアニスト |

東京みやぎ石巻圏人会主催の「第7回交流会」が2024年10月26日(土)、東京・池袋のサンシャインクルーズ・クルーズで60名が参加して開催された。
交流会第1部は瀨川副会長の司会で始まり、はじめに東京みやぎ石巻圏人会の小林美恵子会長から、
「石巻圏人会は言わば石巻圏の応援団である。中でも交流会は大事な活動であり、さまざまな交流が学びの場、人との繋がりの機会となっている。今日は奥山興悦氏から三淵嘉子さんとのエピソード、御自身の事、石巻のお話を貴重な写真と共に聴かせていただく。奥山氏は判事として法曹界に長く携わられる一方、ギターや俳句を愛し、宇宙にも目を向ける感性を備えた、私の尊敬する方である。このような方が石巻で育くまれたことが嬉しい。ピアノ演奏の田代雅美さんは東京で学んだ後に故郷石巻に戻り地元に根付いた音楽活動をしている。合唱の伴奏など石巻の音楽シーンになくてはならない人となっている。続く懇親会では石巻弁の渦の中、故郷の酒で喉を潤し楽しい時間を過ごして頂きたい。」
と挨拶があった。
続いて司会より今回講演の奥山興悦氏について
「元東京高等裁判所の部総括判事で、石巻出身の現在弁護士です。今日は『三淵嘉子さんと私と石巻』というテーマで講演をして頂く。三淵嘉子さんは皆さん朝ドラ『虎と翼』でご存知かと思うが、女性として初めて弁護士、裁判官になられ、家庭裁判所長をされた方である。一緒の職場で仕事をされた三淵嘉子さんはどういう方だったのか、裁判官時代のお話や石巻に対する思いを語って頂きたい。」
と紹介された。

奥山興悦氏の講演
九月に朝ドラ「虎に翼」が終わって、寂しい思いをしている方沢山いるそうである。非常に良いドラマだったと法曹関係者からも言われている。記憶に残る人物としては、主人公の寅子、穂高先生、タカ派の桂場判事、そして殿様判事のライアンなどであろう。このうち、私はモデルとなった3人の方と裁判官時代に面識があった。
1 三淵嘉子さんのこと
私は60年前の司法修習生時代に共に著名な裁判官だった三淵さんご夫妻から直接教えを受けたことが契機となり、裁判官に任官した。昭和41年、東京地裁からスタートし、仙台地裁、家裁勤務を経て、最高裁家庭局に入り、少年法の改正問題を担当した。

法務省の改正案は少年法の適用年齢を20歳から18歳未満に下げ、18、19歳を青年層とするという大改革案であったため、弁護士会や最高裁判所も反対した。反対論の先鋒として活躍したのは、当時東京家庭裁判所判事の三淵さんである。三淵さんは、声が美しく、説得力があった。18 19歳の少年は家庭に問題があるので、刑罰より教育が必要だと力説すると、満場がうなずくほどであった。
三淵さんは性格が明るく、誰にでも気さくで話しかけ、横浜家裁所長時代には、雰囲気を和らげるために昼休みに廊下に音楽を流したり、調停室に絵を飾ったりして、職員や調停委員の皆に慕われた。
65歳で定年退官されたが、休むまもなく、労使の対立が激しかった労働省の男女機会均等法に関する専門家会議の座長に就任。意見をまとめて見事にその役割を果たされた。三淵さんは最後まで、女性の社会進出のリーダーだった。
昭和57年に私が企画して、三淵さんら家庭局OBによる家裁創設当時の思い出を語る座談会が開かれ、懇親会では三淵さんは陽気に振舞い、参加者全員を明るくしてくれた。その1年半後に病気で亡くなられた。
2 私と司法

私は石巻で生まれ、小中高が石巻で、大学も地元の東北大学に一時間半かけて石巻から通学。当時、60年安保の時代で、学校へ行っても休講が多く、政治問題に関心がなかった私は夏休みなどに全国を旅行し、北海道旅行は18日間かけて知床半島の羅臼まで行った。一人旅はいろいろなことを教えてくれた。学生時代にスケッチを始め、矢本で描いた夕焼けの景色などのスケッチが残っている。任官12年後、最高裁の家庭局の課長時代には、テレビ出演などの広報活動、大蔵省での予算折衝、国会での少年関係の説明等の業務を担当した。さらに司法研修所教官や家裁調査官研修所の所長時代には、司法部における教育に全力を注いだ。今でも、その頃の教え子たちと交流が続いている。
東京地裁の裁判長として、木曽駒ケ岳の遭難事件など数多くの民事裁判を担当し、新聞やテレビで報道された。私が裁判官を志したのは、正義は声高に叫ぶものではなく、ひっそりと静かに警鐘を流すというのが自分の性格に合っていると思ったからである。約40年にわたる裁判官人生は貴重な体験であった。最後は東京高等裁判所の部総括判事(裁判長)を4年半務め、忙しい日々であったが、計1000件以上の民事裁判を経験することができ、満足している。
弁護士になってからは主として社会奉仕活動を行った。近所に住む原爆被爆者の方(元長崎地裁所長の長女)は80代になってから、後世に自分の体験談を語り伝えたいというので、私は長崎原爆の資料を集めて協力。文京区や幾つかの大学での講演を支援した。また、3・11の被災地復興支援活動の一環として、日弁連の委員らが石巻を訪問した際、門脇小学校の前でマイクを握り、全国から集まった80名の弁護士に対し、被災地の状況を石巻の親しい仲間と一緒に説明し、皆から感謝された。
他方、私は修習生時代に、石巻の先輩のギタリストの阿部保夫氏にクラシックギターの基本を学び、仙台家裁時代に、少年院の文化祭で、はしだのりひことシューベルツの「風」(作詞:北山修)をギターの弾き語りで歌った。その後、縁があって、北山修さん(現在、白鴎大学長)とも文通している。この10年間に、雑誌「法曹」に執筆活動を続けたおかげであり、俳句や合唱も楽しい趣味として欠かせない。
3 私と石巻
父親は戦後まもなく45歳で亡くなり、母親が一人で男5人女2人の子供を育ててくれた。母親と石巻の日和山で撮った写真を見ると、北上川と太平洋を見渡す石巻が自分の原点であることを感じる。
昭和41年に裁判官に任官した際、母校の石巻高校の恩師らに報告に行った。現在も90代の恩師との文通が続いている。高校時代の最大の思い出は、高3のとき校舎が二度も火事になったこと、高2のとき、石巻の夕空をソ連の打ち上げた人類初の人工衛星「スプートニク」が飛来し、それを手作りの望遠鏡でとらえたこと、このため、将来の夢として、宇宙・天文学者になりたいと思ったことなどである。
また、25年前の平成11年12月、母校の石巻の住吉中学校の体育館で、300人の生徒を前に講演した思い出がある。当時、石巻かほくが、講師の私の大きな写真入りの詳しい記事を掲載してくれた。その12年後に、あの3・11の巨大な津波が石巻を襲ったのである。彼ら生徒たちはその後、どうなったのだろうか。当時、生徒10名が東京高裁の私に送ってくれた感想文を今でも大事に保管している。その一つに、「私の夢は婦人警官になることで、現場で悪い人を捕まえて住みやすい世の中や社会にしたい。」と書いてあった。これらの感想文を読むと、今でも涙が抑えられない。
最後に、私の好きな言葉を紹介する。ゲーテ「本当に自分の胸から出た言葉でなければ相手の胸を自分の胸に引きつけることは決してできない。」


続いて田代雅美氏によるピアノ演奏に移り、はじめに「石巻生まれ、石巻育ちで、現在市内の小学校で特別支援教育支援員として勤務する傍らピアノ教室を主宰しまたピアニストとして活動している。」との自己紹介と「演奏曲目として、宮城にゆかりの深い『荒城の月』(ピアノ編曲版)、ショパンの『バラード3番』、復興に祈りを込めた『星に願いを』を演奏する。」と自己紹介と曲の紹介があり演奏に入った。ふるさとを思い出させる日本の美しさが詰まった曲、情熱を表すショパンの曲、そして夢のある曲とそれぞれ趣が違う曲で心が癒されるような雰囲気を醸し出してくれたすばらしい演奏だった。
15分間の休憩の後、第2部の懇親会が佐藤壽副会長と早川幹事の司会で始まった。
宮城県東京事務所所長 末永仁一氏の祝辞の後、石巻商工会議所会頭 青木八州氏の乾杯の発声で食事と懇談に移った。
懇談の合間には東京宮城県人会連合会副会長 小幡利春氏、㈱ポプラ社会長 千葉均氏、大阪音楽大学名誉教授 和泉耕二氏のスピーチに続いて、新しく入会した奥山訓氏、千葉保宗氏が挨拶した。
また今回は司会が飛び込みでスピーチをお願いして、奥山興悦様の合唱仲間の秋田あき子氏、「たぶのきネットワーク石巻」代表の長谷川郁子氏、東北電力東京支社課長後藤昌之氏、小林会長と同期の渡辺啓子氏と坂口いく子氏、東京鰐陵会副会長平塚善伸氏が自己紹介や最近の活動状況等のスピーチを行った。
今回の交流会は講演が奥山興悦氏という事もあって奥山氏の関係者、法曹関係者が多く、会場では至るところで名刺交換が行われるなど、交流と親睦を深める姿が多く見られた。時間はあっという間に過ぎ、最後に谷内田副会長が閉会の挨拶を行い、3時間にわたる交流会が終了した。
以上
記録 谷内田
○ 東京みやぎ石巻圏人会第7回交流会 写真集

第一部司会 瀨川徹 副会長

演奏者 田代雅美氏 と 講演者 奥山興悦氏

第二部司会 早川誠 幹事 と 佐藤壽 副会長

祝辞 末永仁一 宮城県東京事務所長

乾杯 青木八州 石巻商工会議所会頭

小幡利春 東京宮城県人会連合会副会長

千葉均 (株)ポプラ社会長

和泉耕二 大阪音楽大学名誉教授

新人紹介 千葉保宗 センサテクニカ代表

新人紹介 奥山諭 かんぽ生命保険京都契約サービスセンタ長

秋田あき子氏 奥山興悦氏の合唱仲間

長谷川郁子 「たぶのきネットワーク石巻」代表

後藤昌之 東北電力東京支社課長

渡辺啓子氏と坂口いく子氏

平塚善伸 東京鰐陵会副会長








