令和6年度 ふるさと訪問「金華山・女川」旅行記 - 井上祥子(神野)
開催概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日 程 | 令和6年7月27日(土)~28日(日) 1泊2日 |
| 参加者 | 井上祥子・神野由美子・小林美恵子・坂口いく子・佐々木邦夫・佐藤 壽・髙橋兵一・三浦忠男・宗原幹子・渡辺啓子(10名・五十音敬称略) |
| 旅 程 | 1日目: 12時15分石巻駅集合~立町『アル・ケツチャーノ』/昼食~立町『寿福寺』参拝~ 南浜『津波伝承館』見学~送迎バスで島周の宿『さか井』/宿泊 2日目: 宿『さか井』バス出発~鮎川港から水上タクシーで金華山~金華山神社参拝『龍神祭り』見学~水上タクシーで鮎川港~『ホエールランド』見学~女川原子力発電所PRセンター~『シーパルビア女川』商店街見学、『昼食』『女川みなと祭り』ブース表敬訪問~石巻線で石巻~石巻駅/解散 |
野蒜出身の母から今回の旅行企画を聞いた際、金華山に行ってみたいとずっと思っていた私は、またとないチャンス!と、旅に同行する事にしました。
ところが旅行直前、線状降水帯の影響で秋田・山形は大きな被害。旅行が決行出来るだけでも幸せですが、全行程雨を覚悟しての出発となりました。
7月27日(土)
12時15分着で石巻駅に集合。まずは、立町の「アル・ケッチャーノ」というレストランでランチ。「アル・ケッチャーノ」は、山形・鶴岡に本店を置くイタリアン。そこで修行された方が、石巻に開店されたとのこと。
皆でパスタセットを頂きました。前菜やパスタの具などに、石巻産の食材を積極的に活用しています。前菜からデザートまで、味はもちろん盛り付けも素晴らしく、多くの人がオーダーした「すいかのパンナコッタ」は見た目も素晴らしく絶品でした!
どんな感じなのか知りたい方は、是非お店に足を運んでみて下さい。
こんな素敵でオシャレなお店が石巻にあるなんて!素晴らしかったです。ごちそうさまでした。
しっかりとこの地に根を下ろし、石巻の誇る名店となって長く続いて欲しいです。
次は雨の強まる中、徒歩ですぐの真言宗・寿福寺へ。
庭園が美しい立派なお寺。こちらに安置されている「伝金華山弁財天像」を拝見。伝わるところによると、「金華山弁財天出開帳の際の尊像といわれ、持ち運びに便利なような厨子に納められているが、金華山から遠路なため、次第に当寺に安置されるようになった」との事。この厨子を背負って金華山に持ち運ぶとは、さぞかし大変だったと思いますが…。
こういった金華山との関連は、初めて知りました。教えて頂き感謝です。
次は、南浜町に完成した「津波伝承館」へ。雨中、商工会議所の方が車を出して下さいました。お休みのところ大変ありがたかったです。
地元出身の解説員の方の説明を受けながら見学。発災後初期の土葬の話題になった時、やはり土葬された伯父・伯母(母の姉夫妻)の上で手を合わせた事を思い出し、ちょっと悲しくなりました。
しかし、南浜町周辺、広大な面積で何も無くなってしまいましたね。そんな中、伝承館の建物周辺と海岸線に、かつて市街化前に形成されていた松林を復元する取り組みがなされているのは、とても良い事だと思いました。かつての環境に回帰する、という事ですね…。
伝承館の向かい側には震災遺構の門脇小学校が見え、改めて震災の記憶と教訓を心に刻みました。
幸い雨が止んだところで、今晩の宿「さか井」のバスの迎えを受け出発。一路鮎川へ。
リアスの山道をくねくねと、鮎川ってこんなに遠かったっけ?と思った頃、ようやく宿に到着。沖合700mと、泳げそうな(?)間近に金華山を望む素晴らしい眺望!
震災時には海峡の水が引いて底が見えたとの新聞記事を見た事があり、信じられない思い…。
夕食は、当地らしく海鮮(特にアワビ)盛り沢山でした。が、少々注文を付けるなら鯨。鯨肉の仕入れ量と品質に左右されるのでしょうが、出されたタルタル風のお味がいまひとつ。
鮎川と言えば鯨なのですから、味付け・調理法をもうひと工夫して、鯨肉が初めての人でもおいしく食べられる、“鯨の本場”として誇れるような一品に仕上げて頂きたいと思いました。
7月28日(日)
いよいよ今日は金華山へ。朝、悪天候を覚悟してカーテンを開けると、何と日が差している!参加者に強力な晴れ女(男?)がいらっしゃるようで感謝!金華山の神様も、歓迎して下さっているよう。
バスで鮎川港へ向かう途中、「一の鳥居」に立ち寄りました。
江戸時代の金華山詣ででは、「鮎川で泊まった参拝人達は、一の鳥居をくぐり、金華山の対岸である山鳥に着き、山鳥の渡しと称される瀬戸を船で渡った」とあり、つまり金華山参拝の旧道の入り口に当たります。皆で、鳥居をくぐり写真撮影。
現在はもう通じていないそうですが、山鳥の渡しに通じる道の痕跡が確認でき、かつての参拝の様子に思いを馳せました。
鮎川港からは、海上タクシー(モーターボート)15分程で到着。
桟橋からすぐ、かなりの勾配の山道が続くので、徒歩で神社まで登るのはとても大変そうでしたが、私達は神社所有車による送迎を利用し、楽して到着。
今日は「龍神まつり」開催日で、龍(蛇)踊りが奉納されますが、その参拝・見物のために、驚く程多くの人が次々と船で渡って来るさまには仰天!
一般の居住者はおらず普段は神職しかいないのが信じられないほど、活気付いていました。
龍(蛇)踊りは、時間の関係で最初の部分だけ拝見。太鼓やチャルメラを長くした様な独特のラッパ?等の鳴り物の中、派手に爆竹を鳴らしながら踊ります。全長20mもの龍体を操るのは、相当大変だろうなと感じました。
普段静かな島が、突然中華街になったような違和感が強かったですが、それもまた魅力なのかもしれません。
下山は徒歩で。木陰で鹿の群れが座って休み、原生林の様な森。古くから信仰の対象だったため、手付かずの自然がまだ残っているのだそう。
明治二年の神仏分離令により「黄金山神社」となる前は、中古以来、弁財天を守護神とし「金華山大金寺」と称していたことから、現在でも、神職が護摩木を焚きながら祈祷する大護摩祈祷や、弁財天の使者が蛇(巳)であることから、今回拝見した龍(蛇)踊り奉納があるなど、長い歴史と信仰の中で、神道・仏教・修験道が混じり合いながら金華山独自の風習が形成されたのでしょう。
そんな所に神秘性と魅力を感じ、多くの人が訪れるのでしょうね。
ちょっと不思議で清浄な雰囲気をまとった島を後に鮎川港へ戻り、「おしかホエールランド」を見学。入館時にもらった「しおり」がとても綺麗で気に入りました!
リニューアルオープン4周年記念の数量限定品だったそう。
かつて捕鯨基地として栄えた鮎川の今昔・クジラの生態や特徴などを学びました。
次の「女川原子力PRセンター」へは、予想以上に時間がかかりました。
昨日・今日と牡鹿半島を移動していてつくづく実感したのは、リアスで山道が続くため、移動に非常に時間がかかること。特に発電所は辺鄙な所にあるので仕方ないですが、「PRセンター」はもっと一般市民が訪れ易い所に設置しないと効果がないでしょう。せっかくの立派な施設なのに、今の場所では行くのが大変過ぎて、訪れる人も少ないでしょう。勿体ないですね。
さて、そんな「PRセンター」。アテンダントによる説明を聞くも、いかんせん原子力発電の仕組みが難し過ぎて理解出来ず。だからこそ、本当は時間をかけてしっかりと見学をしたかったのですが、到着の遅れもあり駆け足に…。
11月から原子炉再稼働との事ですが、いつの時代にあっても、徹底した「安全確認」と確実な「情報提供」をお願いしたいものです。
最後に、女川駅前の商業施設「シーパルピア女川」へ。
「女川みなと祭り」当日でしたが、かなり時間が押してしまったためゆっくりと滞在は出来ず、商店街にて各々昼食を(急いで!)取っただけとなったのが、残念でした。津波被害が甚大だった女川、目に入る周辺に“新しいものしかない”のには胸が痛みましたが、祭りで大漁旗を沢山掲げた景気の良い漁船を沢山見て、そんな心が少し癒されました。
帰路、女川駅から石巻線乗車時にスイカ使用不可な事に一同驚きつつ(使用不可な路線は、まだ案外あるようです)、15時21分石巻駅着。その後解散となりました。
二日目の日曜日が盛り沢山で、最後は駆け足になってしまいましたが、皆様お疲れ様でした。
私は当初、単に地理的・生物学的興味で「金華山・おしかホエールランドに行きたい」と、小学生の遠足の様なノリでしたが、ご一緒させて頂いた母と同年代の先輩方が今まで知らなかった事を沢山教えて下さり、資料まで頂いて、まさに「大人の社会科見学」のような、教養を深める二日間を過ごす事が出来ました。皆様、ありがとうございました。また機会があれば、是非ご一緒したいと思います。
小林さん、担当の佐藤さんをはじめ、幹事の皆様には本当にお世話になりました。また、魅力的な企画を期待しております。
また、休日のところ、雨中の移動をサポートして下さった石巻商工会議所の方々に、心より感謝申し上げます。
記録 井上祥子(神野)