令和5年度ふるさと訪問旅行記
開催概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日 時 | 令和5年8月5日(土)~6日(日) 1泊2日 |
| 参加者 | 小林正枝・小林美恵子・佐々木邦夫・佐藤 壽・鈴木幸男・髙橋兵一・信平芙美子・松尾喜久子・三浦忠男・宗原幹子・谷内田 進・渡辺啓子 (12名・五十音順敬称略) |
| 旅程 | 1日目:11:50現地(仙石線松島海岸駅)集合~ホテル松島大観荘/昼食~奥松島嵯峨渓遊覧船~川村孫兵衛菩提寺「普誓寺」~石巻魚市場~花火大会会場/夕食~花火大会観覧~ホテル松島大観荘/宿泊 2日目:ホテル松島大観荘~元鹿又「八雲神社」~神取山三川合流地点~柳津河川公園〜新旧北上川分流堰~登米「石ノ森章太郎ふるさと記念館」~登米郷土料理『海老紋』 /昼食~みやぎの明治村「登米町」~石巻駅/解散 |
昨年度好評だった「ふるさと訪問旅行」を今年度も実施した。
今年の「川開き祭り」は100周年を迎えたので、花火大会見物と北上川と共に発展してきた石巻、その礎となった河川改修工事を行ない、今に至る繁栄を築いた川村孫兵衛翁の偉業を学ぶ訪問旅行とした。
8月5日
○ 集合と昼食

関東からそれぞれ東北新幹線を、仙台からは仙石線を利用し、松島海岸駅で11:50に現地集合し、今日の宿泊先ホテル大観荘のバスでホテルへ向かった。まだチェックインできないので荷物を預けて、7階のレストラン潮騒で雄大な松島湾を眺めながらフレンチのランチで贅沢なひと時を過ごした。


○ 奥松島嵯峨渓の遊覧船観光
昼食後、南三陸観光バス会社の観光バスに乗り、左に瑞巌寺、右に五大堂を見ながら一路奥松島の遊覧船乗り場へ移動した。日本三景松島湾の遊覧船には昔乗ったことがあり、何が違うのかという思いがあったが、実際に観光船「嵯峨みらい」に乗船して見ると、奥松島の外海に位置する嵯峨渓は⽇本三⼤渓の一つだけあって、外海からの荒波と⾵⾬によって、削られた夫婦岩、女島、男島、アシカ岩等多くの島を、船頭さんの上手な説明付きで見ることができ、⾃然の芸術を十分楽しむことができた。




○ 川村孫兵衛菩提寺「普誓寺」参拝
遊覧船乗り場を後にして釜地区にある川村孫兵衛の菩提寺「普誓寺」でお墓の前で手を合わせた。
当初 どこを探してもお墓が見当たらなかったため、皆で暑さもあり冷房の効いたバスに戻ろうと一度はあきらめていたが、三浦忠男さんがお寺の人を探し出して、お寺から少し離れたところにあることが分かり参拝することができた。三浦忠男さんには感謝です。


○ 石巻魚市場

普誓寺を後にして、北上川を渡り石巻魚市場へ向かった。
魚市場は午後だったので開いてなかったのと、花火の駐車場への道が渋滞するとのことで、車窓からの見学となったが、875.47メートルに及ぶ市場は、とにかく大きく、長さをバスの中からでも十分感じ取ることができた。
また、バスの中では「東洋一」だと皆で話していたが、2021年に「世界一長い魚市場」としてギネス世界記録に認定されていたことが分かった。
○ 花火


駐車場から歩いて開北橋を渡り、ブルーインパルスの飛行を見ながら、商工会議所が手配してくれた花火観覧場所へ移動した。
しばらくすると夕食と飲み物が配られ腹ごしらえしようとしていると一緒に花火を観覧する小林会長のお友達の方から皆に焼き鳥、かまぼこ、ビールなど飲み物の差し入れがありごちそうになった。本当にお気遣い有難うございましたこの場を借りて御礼申し上げます。
19時20分からは東京ディズニーリゾート40周年を記念し、全国数か所の花火大会でしか行われないスペシャルドローンショーが行われた。
約700機と言われているドローンが一斉に夜空へ飛び立ち、おなじみのディズニーソングに合わせて、ミッキーマウスやピーターパン等おなじみのディズニーキャラクターが夜空に描き出された。さすが時代が変わったなという感覚とそのうちに花火もドローンで描かれる時代が来るのかなと言う思いでした。19時30分からの花火は昨年と同様目の前で見ることができ大満足であった。
開北橋にセットされるというナイアガラを含めた16000発を全部見れればよかったのですが、ナイアガラのセットの為に8時30分に開北橋は通行止めになるということで8時15分に観覧席を離れ開北橋を無事に通り駐車場まで戻った。全員揃ったところでバスは一路ホテル大観荘に向かうも、花火帰りの車で大渋滞に巻き込まれたが、何とか22時頃到着することができた。


8月6日
各自で朝食バイキングを取った後、8:15にホテルロビーに集合し予定通り、8:30分にバスはホテル大観荘の方の見送りを受け、元鹿又「八雲神社」に向けて出発した。


○ 元鹿又「八雲神社」

今回はガイドさんの都合がつかなかったため、佐藤壽副会長が地元河北町出身で校長を歴任した山内栄一さんが書いた「河北町誌」を元にガイドすることになった。
『川村孫兵衛重吉』の版画絵が『八雲神社』に保管されているとのことで、事前に神主さんへ『版画絵を見せてほしい』との連絡をしていたので、社務所大広間には『版画絵掛け軸』を用意して、神主さんが待っていてくれた。
版画絵については先代の神主さんより、由緒などの申し送りもなかったとのことだが、版画絵タイトルを見ると**『川村孫兵衛北上川を決りて石巻に注ぐ図』**と書かれており、工事の陣頭指揮を描いた版画と思われます。山内さんの資料にも、『八雲神社近くから、水押、真野川、門脇に向かい掘削する』との記述が有り(現在の北上川の流路)、神主さんからは版画に関する問い合わせが多いとのこと、貴重な資料を見させていただきました。バスの発車時は、神主さんに見送られて、三川合流の神取山へ向かった。


○ 神取山三川合流地点
神取山の後を、迫川の支流が石巻に向かって流れていたところに、大崎より流れる『江合川』を約1km掘削して合流させた。そして『柳津』より流れる北上川は豊里周辺より飯野川へ流れていたと推定する北上川をせき止めて、迫川に繋ぎ三川を合流させて、石巻へ流れるように流路を変更した。これにより広大な『大野谷地』が水害から守られ、開墾が開始された。又、大崎方面、岩手方面からの船運が石巻に通じるようになった。車窓からは、大きな堤防もなく洋々と流れる北上川と開墾によって洪水がなくなり安定してコメが採れるようになった水田地帯が眺めることができた。


○ 柳津河川公園・新旧北上川分流堰

北上川が柳津で直角に曲がり、豊里、神取山方面に流れていたが、大雨の時に洪水の発生も有り、明治政府になり、岩手からの水量を追波川に流す計画に、町や、村役場、小学校の移転迄協力して、川を掘り、飯野川、追波川へ導き、追波湾に流れるように掘削され、水流を調節した。
佐藤壽副会長は地元の出身であるという事と北上川について歴史を良く調べており、歴史公園で立て看板を前に我々に説明してくれた。
○ 登米「石ノ森章太郎ふるさと記念館」


昨年は石巻の萬画館を訪れたが、今回は「石ノ森章太郎ふるさと記念館」を訪問した。
バスを降りると廣田副幹事長が迎えに出ており、館内に入ると記念館のアドバイザーをしている会員の原さんに迎えられ、館内を案内してもらった。
石巻の萬画館よりはこじんまりとしているがトキワ荘時代の写真とか展示にも工夫を凝らした中身の濃い記念館と言った印象でした。
また、近くにある石ノ森章太郎が高校時代まで生活していた生家も見学することができた。
スムーズに見学ができ廣田副幹事長と原さんの応対には感謝です。


○ 登米郷土料理『海老紋』で昼食

訪問旅行計画当初は『登米は北上川の鰻』が美味しいとの記事が有り、創業300年の老舗『東海亭』『清川』の鰻と思い、7月頭に予約問合わせをしたところ、『8月は予約で満席です』とのことで、登米の『油麩丼発祥の店』の『海老紋』を紹介頂き予約が出来た。
当日はお店に『貸し切り』の看板が出され、甘口の『油麩丼』と『ハット汁』をおいしく、いただきました。考案者のお母さんにもお会いすることができました。かつ丼の豚かつの替わりに油麩を使ったものでヘルシーなかつ丼と言った感じで高齢者が多かった我々にはぴったりでした。
○ みやぎの明治村「登米町」


昼食後、徒歩でみやぎの明治村「登米町」の「教育資料館」へ向かった。明治21年設立され昭和48年まで使用された教室をそのまま残しており急に明治時代の風情を感じられ、懐かしい雰囲気と歴史的な建物に包まれる場所でした。
次に徒歩で向かったのは「水沢県庁記念館」で、登米町は明治2年(1869年)廃藩置県に先駆けて『登米県』となりその後『水沢県』と県名が変わり、範囲は旧仙台藩領内であった現宮城県北部と岩手県南部を管轄する地域を言うようであるが、「登米県」と「水沢県」があったなんて歴史をあまり勉強していない私にとって驚きであった。
バスで警察資料館に移動して、明治22年(1889年)に建てられ、昭和43年まで使用されていたようで昔の建物としては和と洋を取り混ぜた美しい建築を見学した。
あと何カ所かあるが、昼食後のだるさと暑さによってもう限界かなと思っていたら皆さんも同意見で冷房の効いたバスに乗り石巻駅に向かった。
○ 終わりに
花火を楽しむだけではなく、川村孫兵衛の業績を辿る旅として登米まで北上河畔に沿って遡り、護岸工事のなされた河口付近とは違って滔々と水をたたえた様相の北上川、美しく波打ちながら広がる田んぼや畑を目にして、石巻発展の礎となった孫兵衛翁の偉業を実感した好い旅でした。
初めてご参加下さった高橋さん、信平さん、そしてご家族として初参加の小林正枝さん、ブースに詰めてくださった廣田さん、森嶋さん、原さん、現地で友人を誘ってご参加の新井田さん、旅程立案、隊長を勤めてくださった佐藤副会長、他全員の皆様に感謝申し上げます。
(谷内田記) (川村孫兵衛関係―佐藤壽記)